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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)377号 判決

上告人 国

国代理人 武藤英一 外四名

被上告人 菅村富義

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告指定代理人武藤英一、同横山茂晴の上告理由一について。有体動産に対する強制執行については、金銀物は、民訴五八〇条により実価より以下に競落することを許されず(なお、執行吏執行等手続規則四一条三項、四二条一項五号、七号参照)、有価証券の換価については民訴五八一条により、原則として相場によることとせられており、その余の有体動産のうち高価物については民訴五七三条により、執行吏は鑑定人をして評価をなさしめるべき旨定められ、その他一般の有体動産については、前記規則二六条三号により、差押調書に差押物の評価額を記載しなければならないこととせられており、また同規則三二条により、執行吏は、必要があると認めるときは、鑑定人に差押物の評価をさせることができる旨が定められている。これらの諸規定を勘案すれば、このように有体動産の差押に当つて、執行吏が差押物の評価をなすこととした所以のものは、債権者の利益と共に債務者の利益をも併せ考慮して、有体動産の強制執行を合理的且つ適正なものたらしめる趣旨に出ずるものと解するを相当とし、従つて執行吏が、右評価をなすに当つては、正当且つ妥当な方法をもつてこれをなすべく、また競売に当つては、執行吏は、特別の事情のない限りは差押物件が適正な価額で競落され、不当に債務者の利益を害することのないよう配慮し、注意して執行すべき義務があるというべきである。ところで、原審の確定した事実関係の下において、執行吏が右義務をつくさなかつたことにつき己むを得なかつたと認むべき特別の事情の何ら窺えない本件においては、原審がその認定事実に基づき、執行吏代理糸賀東市は本件競売に当つてなすべき前記執行吏としての義務を過失によつて怠つたものであるとした原判示は是認することができる。しからば、本件において、執行債務者の本件責任財産が不当に執行債権者への支払に充てられ、執行債務者たる被上告人に損害を生じたことは、本件目的動産の評価および執行に関する執行吏の前記過失によるものというのほかなく、国に損害を賠償する責任ありとした原判示は正当である。所論は、執行吏のなすべき差押物の評価および執行に関する当裁判所の前記判示と異なる見解を前提として原判決の違法をいうものであつて、採るを得ない。

同二について。

原判決は、昭和二八年九月頃被上告人が松立木を約五〇〇石と見積つて買売契約をしたが、当時現実に伐採した松の材積は五一六石九四に達し、その約一年半後である昭和三〇年八月一九日の差押当時において、その材積は四〇〇石であつたこと、右差押物は差押直後の同月二七日に競落されたが、同年一〇月頃競落物件を他に搬出して寸検した際その材積は二九五石五一にすぎなかつたことを認定し、右差押競落当時における材積を基準として被上告人の損害額を算出しているものであることが明らかである。従つて、原判決は、所論のように、差押時の材積四〇〇石が競落時までの間に二九五石五一に減少し、競落時の材積は二九五石五一であつた旨を認定しているものでないことは判文上明らかである。それ故、所論は原判示に副わない事実関係を前提として原判決の違法をいうものであつて、採るを得ない。

よつて、民訴三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で主文のとおり判決する。

(裁判官 入江俊郎 斎藤悠輔 下飯坂潤夫 高木常七)

上告人指定代理人武蔵英一、同横山茂晴の上告理由

昭和三三年(オ)第三七七号

上告人 国

被上告人 菅村富義

原判決は、執行壷が動産の競売にあたつてなした競売物件の評価と当該動産の競売によつて物件所有者の受けた損害との間の因果関係について国家賠償法第一条の解釈適用を誤つた違法がある。

一、原判決は、糸賀執行吏代理はその過失によつて本件競売物件を不当に低く評価し、この不当な評価を基にして競売が進行し、差押物件が競落されるにいたるときは、債務者の責任財産は不当にその債権の支払に充てられたこととなり、その結果債務者の利益を著しく害しこれに損害を与えたものといわなければならないと判示し、執行吏の評価と本件動産が時価より著しく低い価額で競売されたことによつて被上告人が受けた損害との間に因果関係を肯認している。

しかしながら、執行吏が動産の差押にあたつてなした評価と、競落価額が時価より低いことにより競売物件所有者の受けた損害との間には相当因果関係があるものとなすべきでないことは次に述べるとおりである。

元来強制執行にあたつて債務者の財産が適正な価額で換価されることは、債権者債務者双方の利益のために必要なことであることは勿論であるが、実定法上、その確保のための制度は、換価の対象となる財産の種類に応じてそれぞれ異つている。すなわち、換価は、原則として競売の方法によるべきものとされるが、その競売に当つて、不動産については執行裁判所において鑑定人に評価せしめ、その評価額をもつて最低競売価額としてこれを競売の売却条件として公告し、これを下廻る価額による競落を防止するとともに、競売参加人は当然その価額を考慮したうえでその買受価額を決定することとなるのに対し、動産については、金銀物あるいは相場ある有価証券等に特別の売却方法が認められるのを別とすれば、一般の動産については競売にあたつて公正にせりが行われることにより、適正な価額による換価が確保されるものとし、不動産におけるような評価および最低競売価額の制度は認められていない。もとより動産についても高価物の評価(民訴法第五七三条)のほか一般に執行吏は差押物を評価すべきこととなつているが(執行吏執行等手続規則第二六条三号)、これらはとくにその差押を執行債権の満足のために必要な限度に止めるべきこととの関連において意味を有するにとどまり、不動産に関する場合におけるように、その評価額が競売の売却条件となるものではなく、その額が公告されることもない。従つて、執行吏は一般の動産の競売をなすにあたつては、最高の競買申出価額(競買人が一人である場合にはその申出価額)がたとえ時価より低い不相当のものであつても、それがいわゆる談合等の不正な方法によつて低められているのでない限り、その価額によつて競落を許すべき拘束を受けているのである。換言すれば、執行吏は競落価額を左右する何等の権限も有しておらず、現実の競落価額は競売に参加した者がいかなる価額を申出るかによつてのみ決定される性質のものである。また競落を希望する者は、執行吏が競売物件をどのように評価したかに関係なく、自己の採算と他の競争者の申出価額のみを考慮して競買価額を申出れば足りるわけである。よつて、かりに現実の競落価額が時価より低かつたとしても、競売が民事訴訟法ならびに執行吏執行等手続規則の定めるところに従い適式になされている以上、その責を執行吏に帰せしめる理由は全くないといわざるをえない。よつて執行吏代理の評価の不当を理由として上告人に対し競落価額の低いことによる競落物件所有者の損害の賠償を命じた原判決には、国家賠償法第一条における因果関係の法理を誤つた違法があり、この点において破棄を免れないものと思料する。

二、原判決は、本件松伐倒木の差押時の材積を四〇〇石、競落時の材積を二九五石五一と認定しているから、競落されたのは二九五石五一であるのにかかわらず、差押時の材積四〇〇石が競落されたものとして、四〇〇石に競落時の石当り時価三百五十円を乗じた金十四万円から本件競落代金三万円を控除した金十一万円の損害の賠償を命じている。しかし、差押時の材積四〇〇石は、競落時までの間に二九五石五一に減少しており、この減少による損害は、糸賀執行吏代理が差押にあたり低廉に右伐倒木を評価したことに基くのではなく、また時価より低く競売されたことに基くものでもなく、その他の原因に基くものである。しかるに、原判決は、右減少による損害をも、低廉な評価及び競売によるものとして、その賠償を命じている違法がある。よつて、原判決は、この点においても破棄を免れないものと思料する。

以上

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